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楽曲のテンポについて [雑感]

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演奏には耳から入る人が多い様です。
聴衆は殆どは耳から入る人たちですから,聴きなれた大家の演奏が標準だと思っていて,それより遅いと,「遅くて聞いてられない」とか,やはり聞きなれた速度よりも速いと,速すぎ,スピード違反だとか勝手なことを言っています。テンポというのは誰が聞いてもわかりやすい指標なので,批評ネタになるのでしょう。

2020年はベートーベン・イヤーでした。それにちなんでか,交響曲6番の田園第一楽章の出だしを比較しているラジオ番組がありました。古い演奏から,新しい演奏までいくつか連続で流されました。様々な指揮者の演奏が続いて,古い演奏はやたら遅く感じました。一番心地よく聞こえたのが,1960年代の演奏でした。カラヤンです。知らず知らずのうちに彼の演奏が耳に残って脳内の標準の速度になっていたようです。その後の演奏もまたゆっくりになって来ているようです。

ベートーベンの楽譜にある速度指定は,"Allegro ma non troppo"です。「アレグロ,しかし,速すぎず」です。単なる"Allegro non troppo"という指定も多いですが,どちらが速いのでしょうか?ともあれカラヤンの演奏に慣らされてしまっていたようですが,あれはAllegroくらいの速度です。いわばベートーベンが指定した,"ma non troppo"がほぼ無視されたことになります。何分時代が違い,ピッチも楽器も異なるわけですから,テンポ一つとっても,稀代のエンターテナーがとった戦略は成功したといえるのでしょう。

大家の演奏で耳が慣らされて,それが標準となる現象はあちこちであるように感じます。
手前味噌ながら,以前Vivaldiの「冬」から第2楽章を演奏してみたことがあります。オリジナルのヴァイオリンのメロディをギターで弾いてみようと思ったのですが,指定はLargoです。かなり遅めのテンポ設定である事は確かなのですが,Largoの標準的な速度で弾いてみますと,まるでイメージが異なります。速すぎる感じです。この曲には「ソネット」と呼ばれる詩がついて,それによれば,伴奏のヴァイオリンのピチカートは雨音を表現しているようでした。どうもイ・ムジチなどの有名な超ゆっくりな演奏に慣らされている事に気づきました。確かにモダン・ヴァイオリンでたっぷりヴィブラートをかけて演奏するにはあのくらいゆっくりな方が効果的なのでしょう。

音楽は再現芸術ですから,作曲者の意図とは必ずしも一致しなくても良いわけですが,まずはおおもとを探ってみるのは基本でしょうし,素晴らしい作品を残してくれた先人に対する礼儀でしょう。しかし,一般大衆にも受けないといけない。そこがエンターテナーの腕の見せどころなのでしょうが。

グールドが独自の解釈でテンポをとると,賛否両論が出ました。有名なのは,バッハのゴールドベルクの2回目の録音(1982年)です。遅すぎると。しかし,彼の考え方は一貫していて,アリアのパルスを全変奏に適用したもので,ある意味変奏曲の基本に戻ったわけです(拍子が異なる変奏のパルスをどうとるかの問題もあります)が,その録音は世界に衝撃を与えました。

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グールドの演奏も既に歴史的なものになったかもしれませんが,他の楽器の演奏家にもインスピレーションを与えました。その一人が,ヨージェフ・エトベシュでした。彼がギター独奏でこの曲を演奏しようとしたのもグールドの演奏を聞いたのがきっかけだったと彼の楽譜の前書きに記しています。

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テンポに関しては,他のギター曲でも思いつくことがありますが,記事を改めます。
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EAST

Enriqueさん

私も同じような番組で、交響曲第5番運命の第一楽章の出だしの部分を比較した番組を見ました。古い演奏から新しい演奏になるにつれテンポが速くなっていました。
慣れ親しんだ演奏は1960年代のものでした。近年のものは少しせわしない印象を受けました。子供の頃から刷り込まれたテンポなのでしょう。
by EAST (2021-02-04 17:57) 

たこやきおやじ

Enriqueさん

私はカラヤンのレコードはほとんど持っていませんので、YouTubeで1962年の田園を聴いてみました。約51分でした。私の好きな1958年のワルター盤は約41分です。私としてはワルターよりちょっと遅いくらいの感じしかしませんでした。表現はワルターとは異なりますが、カラヤン嫌いの私でも違和感なく聴けました。カラヤンはその後の田園は約40分が1回で、35分程度での演奏が多いようです。カラヤンも色々と模索していたのではないのでしょうか。

by たこやきおやじ (2021-02-04 18:57) 

Enrique

EASTさん,
第5番の場合は冒頭のテンポはどんどん速まっていますか。
私の聴いた第6番の聴き比べではどんどん速まって来て近年また少し戻った感じでした。
標語のみで指定された速度に絶対的な基準はありませんが,やはり聴き慣れたものがここち良く感じるようですね。
by Enrique (2021-02-05 06:04) 

Enrique

たこやきおやじさん,
第1楽章冒頭のテンポを言っていますが,ワルターよりカラヤンの方が遅く感じられたというのは少々驚きました。

ご指摘の1958年のワルターは,私が聴いたラジオの聴き比べでも流された録音だと思いますが,YouTubeで見ますと,第1楽章冒頭は,
ワルター(1958) 9:55
に対して,
カラヤン(1962) 8:56,(1972ロンドンライブ) 8:36,(1982) 9:05

いずれも無数に演奏していると思います。カラヤンは後年少し遅くはなっている様ですが,ワルターより遅いカラヤンの演奏は見つかりませんでした。
10%以上もテンポが変わるはアマチュアの指揮者でもありえないと思います。
むろん私はワルターの方がカラヤンよりもずっと「ゆっくり」で,ベートーベンの意図にあっていると思います。

しかし,テンポの感じ方というのも人それぞれだとつくづく思います。
by Enrique (2021-02-05 06:35) 

EAST

Enriqueさん

番組で比べていたのは、冒頭の「ダダダダーン」部分でしたが、素人の私でも聞き比べればわかる程度速くなっていました。
最近の演奏に慣れた人には、50年代や60年代の演奏は、「もったり」して違和感があるのかもしれませんね。
その時代や指揮者の解釈があるのでしょうね。
by EAST (2021-02-05 10:01) 

REIKO

私が子供の頃に父が愛聴していた「運命」の演奏(レコードの聴き比べに付きあわされたことがあるのですが)は、
休符)ダ、ダ、ダ、ダーーーーーーーーーーーーン……(余韻と間)
休符)ダ、ダ、ダ、ダーーーーーーーーーーーーン……
というタイプで、父は長く重々しく伸ばす方がエラいと思っているようでした(笑)。

その後、古典派のオーケストラ曲にも古楽演奏の波が押し寄せると、その中でもテンポが速いものは、昔の「ダーーーーーーーーーン」の長さに「ダダダダーン、ダダダダーン」が全部入ってまだ余る!くらいになってますね。
慣れてしまえば速い方が手っ取り早くて?好きですが、ガシガシと突き進む演奏が増え過ぎれば、揺り戻し現象が起きることもあると思います。

by REIKO (2021-02-05 18:20) 

Enrique

EASTさん,聴き比べればはっきり分かると思います。
別々に聴くと,思い込みで違って聞こえるということもあるとは思いますが。あひるは最初に見た動くものを母親と思うそうですから,良くも悪くも,最初に聴いたものが標準になるという現象もあるかもしれません。好みで歳がわかるということもあるかも知れません。
by Enrique (2021-02-06 05:21) 

Enrique

REIKOさん,「運命」の出だしに関しては,テンポ設定だけではなく,フェルマータの伸ばし具合もありますから,更に個性が出そうです。
フェルマータは2倍伸ばすのだという考え方もありますが,それなら楽譜でそう書けばいいだけですので明らかに違うでしょう。拍子がストップしたタメ感は人によって変わっても当然でしょう。
最近の古楽演奏ではやたら速いのが年寄りの耳にはきついものもあります。むろんやたらロマンチックなゆっくりした演奏よりも,たいがいは清新で良いのですが,単にせかせかした感じが古楽演奏というステロタイプになっちゃうと,飽きられると思いますね。
by Enrique (2021-02-06 05:33) 

たこやきおやじ

Enriqueさん

51分は誤りでした。申し訳ありません。私のブログでも訂正しました。お騒がせしました。

by たこやきおやじ (2021-02-07 11:34) 

Enrique

たこやきおやじさん,
そうでしたか。どういたしまして。
思い違い取り違いは誰でもありますので,お気になさらずにお願いします。
by Enrique (2021-02-07 16:17) 

Cecilia

聴き慣れた大家の演奏を標準と思ってしまう経験、わかります。
私もゴールドベルク変奏曲はグールドの演奏が基準になっています。
「パッヘルベルのカノン」はパイヤール室内管弦楽団の演奏が好きでしたが最近の古楽演奏のすっきりした快速の演奏も慣れてみたら心地よく聞こえます。私は「四季」の冬二楽章はゆったりと演奏したいです。

by Cecilia (2021-02-16 19:30) 

Enrique

Ceciliaさん,
グールドのゴールドベルク
2回目の録音は遅すぎるという批判でした。若い時の1回目の録音の方が好きだという人も多いですね。
バロック曲は,かつてはロマンチックにゆっくり弾くのが普通でしたが,総じて最近の演奏は速いですね。
by Enrique (2021-02-16 20:28) 

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