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MDとDCCの記憶 [科学と技術一般]

「MDは便利だったのになぜ消えたのだろう?」

まことにもっともな疑問です。カセットに代わるお手軽な録音メディアだったはずなのですが,かなり短命だった様に思います。却ってカセットの方が生き残って,現在小ブームですらあります。

浜っ子カルメンさんのコメントへの回答として少し書きましたが,その辺の経緯を書いておきたくなりました。MDに関しては当方が開発に直接関わったわけではありませんが当時の業界で聞こえてきた話です。

80年代,CDが出現して,BS放送も始まりました。BS放送は画像はアナログでしたが,音声はデジタルになっており,特にBモードステレオは16ビット48kHzサンプリングでCD以上のスペックでした。デジタル録音のニーズが高まっていました。デジタル録音できる媒体として出て来たのがDATでした。DATはBモードステレオををそのまま録音できるなど,性能面では申し分なく,マニアには受け入れられましたが,従来のカセットの代わりに使うお手軽さに欠けたようです。

従来のカセットの代わりとして使える媒体として出て来たのが,DCCとMDでした。
DCC(Digital Compact Cassette)の規格は,片道8トラック+1トラックの9トラックでした。アナログカセットは片道2トラックですがトラック数を大幅に増やしています。なぜそんなにトラック数が多いかと言うと,デジタルは元のアナログ信号を切り刻んでいますので,記録周波数は上がります*が,互換性のためアナログカセットと同じゆっくりなテープ速度ではテープ上の記録波長が短くなりすぎて記録できません。これに対応するには2つの方法がありました。テープ走行速度がゆっくりなままで相対速度を上げる方式がビデオに使われた回転型磁気ヘッドです。これを使ってデジタル記録するのが,R-DAT(Rotary- Digital Audio Tape)と呼ばれた方式で,前述のDATがこの方式です。DCCの様な静止型の磁気ヘッドを用いる方法をS-DAT方式を(Static- Digital Audio Tape)と呼んでいましたが,こちらはデータ量の増加を並列のトラック数の増加で対応するわけです。また狭トラック低相対速度に対処するため,出力が相対速度に依存しないMRヘッド**を用いるなどの新技術が投入されました。

一方,従来のカセットの代わりにお手軽にデジタル録音できる媒体として,当初SONYの技術陣はR-DAT方式を用いた切手サイズのカセットテープを開発中でした。しかし,当時の大賀会長のツルの一声「テープはダメ,ディスクで行く」で急遽MD(MiniDisc)開発となりました。

ソニーは,ベータ・ショックから立ち直りかけていた頃でしょうか?
「必ずしも先に出した優れたものが市場に受け入れられるわけではない」ことが,ベータの敗北で明らかになりました。良かれ悪しかれ「先にデファクト・スタンダードになったものが強い」こと,そしてその後はそれに対する互換性が重視されます。それは特にコンピュータの世界では強烈です。ここで実例を挙げるまでもなく初期のメインフレームの時代から現在のパソコンにまで脈づいています。それから,「民生品はマニア向けではない。」といったところがキーワードになりますでしょうか。そのへんが,一時期のヒットにも,またその寿命にも関わりそうです。

フィリップス・松下連合のDCCはカセットテープとの互換性路線で登場しましたが,市場はMDを選択しました。音楽家でもあった大賀会長の慧眼でもあったのでしょう。切手サイズのカセットテープでは,互換性路線のDCCに敗れていたかもしれません。しかし,その後,記憶媒体は切手サイズのSDメモリになりましたので,切手サイズというコンセプトは間違ってはいなかったことになります。MDは,かなりその寿命は短かったと言えます。テープから録音できる光磁気ディスクという新技術へと,互換ではなくブレークスルーしたわけですが,現在フラッシュメモリという不揮発の半導体メモリの新技術にとって代わられたわけです。

最近はそうでも無いのでしょうが,半導体プロセス技術の進化で容量が4倍づつ増加し,あっという間に容量が数十倍数百倍に増加します。それが比較的互換性を保った状態で起こるわけですから,なかなか従来メディアでは対抗できません。MDが比較的短命だった理由は,むろん半導体メモリ技術の進展によってとって変わられた側面が大きいですが,ハードウェアとしてMDの光磁気記録技術が難しいものであったこと,当初PCと距離を取っていたこと,信号圧縮技術にソニー独自方式をとっていたことなどからPC時代の使い勝手の悪さ?がその原因ではないでしょうか。むろん著作権問題などを考慮しての判断だったでしょうが短命の要因だろうと思います。独自の信号圧縮技術に関する問題は,(デジタル)ウォークマンの低迷でも言われたことでした。

MDは当方も過去の録音があるため,現在掛かる機械は持っています。MDはユーザーには便利なのですが,ハードウェアの難しさのためか故障が多い?様な気がします。さらに現在となっては致命的なのは,普及した規格のものはデジタルなのにPCに繋いでデータを取り出せないことではないでしょうか?そのためにアナログキャプチャしなければならないのでは,アナログ・カセットと変わりません。

ディスクがテープよりも優れているのは,ランダム・アクセスができることですが,落ち着いて音楽鑑賞するのにさほどランダム・アクセス性は要りません。現在のアナログブームはその良さが再認識されているのでしょう。

エレキの世界の栄枯盛衰は激しいものがあります。いっときの成功体験に浸っていると,ややもするとその過信につながります。かといって慎重・保守的になりすぎても「熱ものに懲りてなますを吹く」状態になってしまいます。

*デジタル化する際の変調方式や,デジタル化によりデータ圧縮にもよりますが,音声信号をほぼそのまま記録するアナログよりは確実に上がります。
**当時のMRヘッドは後にAMR(異方性磁気抵抗効果)と呼ばれた現象を用いたのでしたが,その後GMR(巨大磁気抵抗効果)がA.フェール教授やP.グリュンベルクさんらによって発見され,HDDに用いられました。GMRは2007年ノーベル物理学賞受賞の技術でしたが,その後しばらくしてTMR(トンネル磁気抵抗効果)にとって変わられました。
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たこやきおやじ

Enriqueさん

私は、ベラスケスを買った頃練習の録音用にと、ソニーのレコーダーMZ-R50とマイクのECM-MS907を買いました。さほど使わないうちに時代が変わってしまいました。(^^;
今でもケースに入れて保管しています。多分まだ使えると思います。

by たこやきおやじ (2020-11-22 11:05) 

プー太の父

最近はカーステレオもUSBメモリーばかり利用して
CDは出し入れが面倒なので使わなくなってしまいました。
でもラジオ売り場を見るとほとんどがCDを使えるように
なっているので、まだまだCDも必要なんですね。
by プー太の父 (2020-11-22 13:54) 

Enrique

たこやきおやじさん,
私が持っているものは,MZ-R55というものでした。多分壊れていないと思いますが,デッキのものは故障が多い印象です。マイクは小型のECM-717というものでした。小さすぎて何処かへ行ってしまいました。これを釣竿で釣ったりして録音したものですが,MD時代は短かったですね。
by Enrique (2020-11-23 08:34) 

Enrique

プー太の父さんは新しいものを使いこなされますね。
娘とかはそうしています。CDも掛ける時代では無いですね。
MDの時代もCDを直接掛けずMDにダビングして掛けたりしていました。
今は録音もデータでやりますが,何かの媒体に固定しておきたいという欲望もあるのでしょうね。
by Enrique (2020-11-23 08:39) 

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