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海苔漁師の「ラ・カンパネラ」から思うこと~その2~ [雑感]

海苔漁師の徳永義昭さんという方が7年がかりでリストの「ラ・カンパネラ」を演奏したという件で,思うところをもう少し書いてみます。

この方は,「途中から弾いて」とか言われても絶対にできないと仰っています。

ここまで極端ではないにしても,こういう人はいます。
かくいう私自身,バッハのフーガBWV1000を闇雲に覚えた時などは,それに近いものがあったと思います。途中ど忘れして,分かるところまで戻って再開するのですが,やはり出てこなくてまた同じところを再プレイ。キズの付いたレコード状態でした。さすがに7年もかけて覚えた演奏は忘れようがないでしょうが,ただ音だけとか,ただ手だけで覚えてそれが中途半端ですとそういう事になります。

ただどうも暗譜というと,「徳永さん状態」を目指す向きもあるのかもしれません。ごく少ないレパートリーを完璧に弾きこなす方というのは,音の一つ一つを完璧に覚え込んでいるのでしょう。むろん,その覚え方が演奏家の場合は,はるかに効率が良いということでしょう。1曲覚えるのに7年掛ったのでは,プログラムを作るころには人生終わっていますので。

徳永さんの場合,
楽譜が読めないのに弾けたというのが驚きになっているようですが,むしろ,
楽譜が読めないから弾けたとも言えるでしょう。

楽譜が読めると,音は分かるので,手が届かないとか動かないとかではイヤになってしまって,もっとすぐに弾ける曲を弾く事になりますし,そもそもそんな難曲に手を付けないでしょう。むしろ,それで良いのです。

徳永さんの場合,「猫ふんじゃった」も弾けないと言いますから,他の曲に浮気?のしようがないです。
ギターでも,難曲は弾きこなすのに,簡単な初心者向けの曲が弾けない人がたまにいます。「徳永さん状態」というか,「徳永さん指数」が高いとでも言えるのでしょうか。好きな曲「だけ」弾きたいので,他の曲は弾きたくないと。だから基礎練習などして,好きでもない曲が弾ける技術など必要ないという考え方です。初心者の人がアルハンブラのみ弾いて3年掛ったとかいう話を聞きました。音は読まずただひたすら鍵盤なり指板の位置を覚える。むろん間違った音を弾いたら分かる耳は必要でしょうが。

こういう方は徳永さん程ではないにしても,徹底的に覚えて弾きます。所詮人間のやる動作なわけですから,徹底的に真似て覚えればできるようにはなるのでしょう。徳永さんはそれを極端な形で証明してくれたと言ってもよいのでしょう。むろん大した才能ではあります。

楽器の真っ当な経験者でも,超面倒なパッセージとかで部分練習が必要な箇所は,徹底して手に覚え込ませるという事はあるでしょう。部分的に徳永さん状態になるのは否定はしません。

しかしながら,曲まるまる手に覚え込ませた状態。世の中に無数にある曲の中から1曲だけ弾ける技術というのも,音楽に対する愛は否定しませんが,かなり歪んだ愛と言えるでしょう。

もっと永年音楽を愛する人が,そうやって築いた演奏をより良い音楽にするためにレッスンしようにも無理です。中間部のここをこう弾いた方がいいですよとアドバイスしても,こういう方は,最初から弾いてその箇所に達するまでは問題を認識できないでしょうから,改善にものすごい時間が掛かります。「難しい曲が弾けるのだから,易しい曲が弾けるでしょう。」という常識事項は通用しません。独自の方法論に関しての慣れはあるでしょうから,かかる年数に多少の短縮はあっても,易しい曲でも音の数が同じ程度なら同じくらいの年数が掛かるでしょう。むしろ他の曲に取り組むモチベーション維持のほうが課題でしょう。

話題性はあります。どんな形であれ音楽が注目されるのは良い事だという考え方もあるでしょう。メディアの力は強いです。音楽に取り組むには,良い方法ではないということも伝えるべきでしょう。歳とってからでも,1日8時間の練習を7年間もしたのならば,段階的にやっていけば易しくても何十曲何百もの曲が弾けた事でしょうし,老後に向けて幾多の難曲に取り組む基礎もできていたはずですので。
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ギター大好き

ギターを弾くときの緊張について調べていた時に、こちらのblogにたどり着いて、その後お気に入りに入れて、読ませていただいています。
今回の内容は、まさに自分のことのようで、思わずコメントしました。楽譜が苦手で、最初に指の位置を確認したら、その後は楽譜を見ずに、身体に叩き込みます。しかし、自分でもその方法では後々まで苦労が続くなぁと、感じ始めていたところです。楽譜を少しずつは読めるようにはなっていますが、楽譜を見ながら弾くより、覚えてしまった方が早いのです。
でも、暗記の容量にも限界があって、一曲覚えるごとに、一曲ずつ忘れていくような感じです、苦笑。
しかも、レッスン中に曲の途中から弾いてと指示があっても、私もやはり苦手です、苦笑

大好きなギターを、これからも続けていきたいので、少しずつでも楽譜を読めるようになりたいですね。

こんなことを書けるところがあることが、嬉しいです。

by ギター大好き (2020-01-29 20:05) 

REIKO

「音楽の勉強」や「楽器の基本スキルの体得」抜きで、「特定曲の音を並べる動作」だけを覚えて弾いている状態なんでしょうね。
Youtubeでピアノ経験なしから◯年◯ヶ月で「幻想即興曲」なる動画を公開している中年男性がいます。
そこそこ上手く弾いているのですが、「本当にピアノ経験なしから始めたのか?」など、コメントで経歴を疑われているんですね。
(私も少々疑いの目で見てました)
動画主は本当だ、と明言した上で「この曲しか弾けない。これよりずっと易しい曲でも、音符を逐一読んで1~2小節ずつ何度も弾き、覚えて繋げていくしかないから、すごく時間がかかる」等々と答えていました。
それを読んで私は「あ~、なるほど」と何となく理解でき、この人、嘘は言ってないな~と思いました。

このやり方で、かなり難しい曲でも何とかカタチにできる人もいますが、挫折したり悪い癖がついて終わるだけの人もたくさんいると思います。
またこの手のターゲットとなる「難曲」が、(ピアノでは)すでに有名な特定の数曲に限られているのも気になりますね。
リゲティのエチュードとかムチンスキのトッカータなんかを弾いて話題になれば、マイナーだが優れた楽曲が多くの人の知るところとなり、意味もあると思うのですが。
by REIKO (2020-01-29 22:32) 

Enrique

ギター大好きさん,
私はこの様な練習法の方がギターではけっこう多いのではないかと思います。手の形を覚えると言うのが練習法の中心と。タブ譜の付いた楽譜の増加がその事を物語っているようにも思います。

ギターの難しい曲では,音符とポジションとが一対一に対応しませんから,瞬時に譜読みするのはピアノよりも難しいので,「手を覚える=暗譜」となっているケースが多いと思います。プロでもそうと思われる方がいます。むしろそのほうが確実な演奏になるケースも多いのだと思います。

しかしながら,手の運びだけで覚えていますと,音や拍を間違っていても気づかない様な事もありますし,音は再現しても音楽情報が欠落してしまう事にもなります。記事に書いたように改善のレッスンも困難になります。

むろん譜面情報からの曲の再現が絶対ではありません。耳で聴いた曲を楽器で再現出来る能力も必要です。いずれにせよ,どれかに極端に偏ると,非常に効率が悪く音を再現するのに精いっぱいで音楽にならない可能性もあります。

きちんと仕上げるレベルは暗譜状態まで到達したほうが良いとは思います。
暗譜が苦手な当方としては,暗譜しないと弾けないという方がむしろうらやましくもありますが,弾ける曲が極端に減ってしまうのは困りますね。沢山の曲を弾いて人生の時間を楽しみたいですから。

by Enrique (2020-01-30 14:05) 

Enrique

REIKOさん,
ご明察の通りだと思います。

この様な方法での弊害も当然(ものすごく)あるわけですが,
上の方へのコメントでも書いたのですが,実はこういう方はむしろギターの方が多いのかもしれません。理由は,ギターの正規のコースでもソルフェージュとか初見奏は,あまり重視されない?こと,音大にギター科はごく少ないこと,レッスンを受けていても,読譜力向上にはならない事などが挙げられると思います。ギター教育の多くが民間個人レベルに任せられている以上,基礎力の向上よりもモチベーションを維持して生徒を止めさせない事のほうがより重要になります。

読譜力の向上はかなり重要なテーマなのですが,世の中の動向はタブ譜が流行る状況ですので,読譜力の向上は望むべくもありません。私の場合,闇雲に弾いて読譜力を付けたので,あまりシステマティックな方法の紹介も出来なさそうですが,当ブログが取り組むべきテーマが一つ出てきたようにも思います。

by Enrique (2020-01-30 14:07) 

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