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「楽器の物理学」を読む(その7) [楽器音響]

「楽器の物理学」の第III部,「第9章 ギターとリュート」をゆっくり見ています。今回は9.7節の「ギターの胴体の共振」を見ます。

前節までの9.5節と9.6節では,弦の共振系と胴体の構成部品の共振系との結合(連成振動)として見て来ました。9.4節では表板や裏板を胴体の構成部品として見て来ましたが,ここではもっぱら胴体を一体のものとして取り扱います。より現実の楽器の詳細な検討ということでしょう。

9.7 ギターの胴体の共振
ギターの胴体の共振特性を調べるのに,表面板に砂やコメを撒くという,いわゆるクラドニの方法では振動モードの振動姿態;モードフィギュアは分かりますが,対応する共振周波数は別途測定しないといけません。いわゆる周波数応答関数を求める必要があります。応答の検出手段にはさまざまな方法があります*が,古典的な応答関数は1入力1出力ですから,駆動点(加振点)と応答検出点を選ばないといけません。応答関数は両者の組み合わせによって様々に変わるほか,楽器の保持方法によっても異なります。通常駆動点は駒の位置を選ぶとの事ですが,節線が駒の上に来るモードは見逃してしまうので注意が必要との事です。また保持方法としてゴムバンドでギターを支えるのが良い試験方法との事です。

ある1つの共振振動モードは,必ずしも基準モードあるいは固有モードである必要はないと指摘されます。これは,モードが周波数ごとにきれいに分かれている場合は両者はほぼ同傾向になるが,2個以上の基準モードの重なりによって共振振動モードが発生する場合があるからとの事です。あえて解説すれば,基準モードの重なりとは,縮退モードの事で,高次方程式の重根の様なものです。対称的な形状であれば発生しやすくなりますし,別の原因のものがたまたま重なることもあるでしょう。最も大きくギターの音響に効きそうなモードの重なりは,キャビティ共鳴と表板の(0,0)モードとの重なりです。次は裏板のモードとの重なりなどでしょう。

筆者らが調べた最も低い楽器の共振は,Martin D-28で55Hzとのことです。これは棒の曲げモードのようだととの事です。おそらくネックが弓状になる振動ではないかと想像します。⑤弦A音のオクターブ下の周波数ですから問題はなさそうですが,曲げには当然2次3次などの高次モードがあります。それらの周波数は基本モードの数倍になりますので,効いて来そうです。あるいは表面板の振動モードなどとも重なってくる可能性もあります。ネックやヘッドの形が音質に利くとおっしゃる方がいます。確かに楽器全体が揺れるわけですから,たいがいは利かないわけがないですがそこは程度問題です。定量的な議論をするのがこの辺の測定なわけです。

表面板の振動モードの議論はかなり詳細になされています。筆者らが調べたD-28の件と他の研究者のクラシックギターの話が混ざっています。要点を箇条書きしましょう。

・ギターは「呼吸」する。キャビティモードに表板の(0,0)振動モードと裏板の(0,0)振動モードが重なった最も低い周波数のモードのゆれのことを言っています。D-28では102Hzだとの事です。音程で言うとG#の30セント下**ですから,これはウルフトーンのことでしょう(図9.14左)。

・構成部品(表板と裏板など)の(0,0)モードから生み出される他の低めの振動モードには,200Hz前後のものが2つある。D-28では193Hzと204Hz(音程で言うと前者が③弦開放Gの27セント下,後者が同G#の31セント下に相当)。これらは表板裏板が同位相でゆれるため大きな音の輻射を伴う(図9.14中央,右)。193Hzの方は側板固定により169Hzに大きく低下する。

・表板と裏板の(1,0)モードとキャビティモードが結合した振動モードには,クラシックギターで300Hz前後,フォークギターでは400Hz前後で強い共振がある。D-28では377Hz。このパターンのゆれはほとんどの楽器で極めて強い共振を持つ(図9.15)。

・400Hz以上では,表板と裏板の結合は弱くそれぞれ単独かその他の共振で起こる。表板の(2,0)モードの共振はクラシックギターでは明瞭に出るが,フォークギターでは不明瞭とのこと。後者は前者に比べ丈夫に補強されているからでしょう。クラシックギターのレーザーホログラムによる表面板のゆれパターンが示されます(図9.16)。このような高次モードのゆれのパターンと対応する周波数,共振鋭度Qは特に表面板のブレイシングパターンにより大きく影響を受けるはずです(つづく)。

図9.14.png 図9.15.png 図9.16.png
*応答検出にはホログラフ干渉法,レーザー速度計,マイクロホン,レコードプレーヤのカートリッジなどもあるとの記述があります。加振法の記述がありませんが,電磁加振器かインパクトハンマーが普通でしょう。加振にインパクトハンマー,応答検出に加速度ピックアップを用いる方法が最も簡単だと思います。
**こちらの記事でセント計算できます。
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コメント 4

たこやきおやじ

Enriqueさん

ホログラフの写真は興味深いですね。(^^;


by たこやきおやじ (2019-11-08 00:52) 

Enrique

たこやきおやじさん,
確かにレーザーホログラフィ技術を用いたホログラムは,絵で描くよりもインパクトのある図ですね。周波数の高い方は楽器によって変わってくると思います。
by Enrique (2019-11-08 05:43) 

アヨアン・イゴカー

高音の方が(周波数が高い方)が、板のあちこちを小さく振動させ、低音は板の全体を大きく振動させる、と言う現象が反映されているように見えます。これは、ピアノの低音と高音を鳴らしたときの共鳴版の響きと同じように感じます。
by アヨアン・イゴカー (2019-11-11 23:53) 

Enrique

アヨアン・イゴカーさん,全くご指摘通りです。
製作家は響板の厚み・力木の配置で各周波数とそれらの響きやすさをコントロールして,音質・音量・バランスの良い楽器を追求しています。研究者はその秘密を探るべく理論解析したり計測をします。
by Enrique (2019-11-12 17:03) 

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