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インハーモニシティと弦長補正(3) [楽器音響]

このタイトルでの(2)につづく続編です。
今回,具体的な計算をしてみて結論を得ましたので,これを最終回とします。

前回は数式を用いて,インハーモニシティ(不協和度)の量を見ました。
そこで支配的になるのは,曲げ剛性EI(ヤング率と断面二次モーメントの積)でした。これはピアノの弦について良く研究されているものです。何分弦が硬くてインハーモニシティが多く,ピアノの特有な音色を形成していると言われているくらいです。ここでは,ギターなどの柔らかい弦楽器の弦のインハーモニシティを具体的に算出してみたいと思います。前回示した数式の必要部分だけを用います。

Bを計算してみます。
一番効果の大きそうな③弦で計算してみます。④⑤⑥弦の場合も曲げ剛性を実測すれば補正量を見積もるのは可能です(楽器研究の大御所N.H.フレッチャーはピアノの巻き弦の算出式も示していますが,クラシックギターの巻き弦の場合は,フレッチャーの式で芯線のヤング率を0にすれば近似的にいけるかもしれません。)

以下の数字を用います。
 弦長:L=0.65m
 ナイロンのヤング率:E=3GPa
 ③弦の直径:d=1.03×10-3m
 ③弦の張力:T=(5.39kg×9.8m/s2)[N]

を前報の(3)式に入れて計算しますと,

 B≒ 0.000073[無名数]

となります。この大きさはピアノ弦よりも一桁小さい値です。
この値の基音を1とした時の倍音(n=2)の音程を前回記事の(2)式から計算してみますと,2.00029になります。
これはセント値で言うと,正確なオクターブよりも,0.25セントの上昇です。これは③弦の開放弦の持つ倍音(二次ハーモニクス)の音程上昇です。弦長が半分の基音の場合のBは4倍になりますが,その場合は基音ですからn=1のため同じ結果になります。

この結果から,オクターブを合わせるために伸ばす弦長は約0.05mmになります。フレットやブリッジの太さが1〜2mmあることを考えれば,これは無視できる値でしょう。

それと,かりにBがもっと大きくてこの効果が大きくても,ハーモニクスと押さえた時の音程ずれは説明できないことになります。

結局,あまり面白くない結論なのですが,「ブリッジの弦長補正は,弦のインハーモニシティが主要因ではない」ということになります。計算の結果からは,この効果はかなり小さいということが分かりました。

というか,この事は既に過去にこの記事で計算をしていて,無視できるほど小さいと結論していました。完全に忘れていました。また,同記事で用いている,R. W. Youngさんの式というのは,弦の直径d=2r,基音を扱ってn=1にしただけで,今回用いた式と全く一緒でした。

もとをたどると,この式はMorse(1948)の著書のものが初出らしく,楽器研究の大家Fletcherさんは,もう少し複雑な近似式を求めたようですが,結局はシンプルなこの式がずっと使われて来ているようです。



ギター弦の場合,ブリッジ上の弦長補正が弦の剛さによるインハーモニシティが主原因でないとすると,弦長補正しなければならない理由は何なのでしょうか?

やはり面白みの薄い結論ではありますが,「弦を押さえた時の張力増加による音程上昇を補正」するものだとほぼ断定できます。

問題は,なぜ弦によりその補正量が異なり,ブリッジをギザギザにしなければならないか?ということです。当初太さの違いによるインハーモニシティの違いと予想したのですが,その値は大きめに見ても0.05mm程度で,現実に行われるミリ単位の補正とは食い違います。

弦の張力と音程との関係は,補正を含まない前記事の(1)式で問題ない事が分かりましたが,弦長補正を議論するためには弦をひずませた際の張力増加を求めないといけません。

これに関しても過去記事でやっていました。ペグ一回転でどれだけ音程が上がり下がりするかです。これはかなり荒っぽい計算でしたが,傾向は分かると思います。

今回同じ計算を①,②,③弦に対して行います。ただし弦高さはいずれも,12フレットで3.25mmとして,ここでの(オクターブの)弦長補正を考える事にします。
同記事で求めた,①,②,③弦の初期ひずみは,
でした。このひずみが各弦を所定の音程を維持するために加わっていて,ここからのひずみの増加分により張力が比例して上昇し,その平方根が音程上昇量になるとします。

この弦高から押さえられることによるひずみの増加は,弦高が各弦同じで3.25mmとすれば,幾何学的な計算で,

 ⊿λ=5×10-5

となります。当然ペグを一回転させるよりはずっと微小な歪み変化ですので,前の記事よりも精度はマシかもしれません。

5年前の記事に従い各弦の初期歪みが,
 ①弦: 0.0518
 ②弦: 0.0298
 ③弦: 0.0196

とし,弦を押さえた分による音程上昇量を前報と同様に求めますと,
 ①弦:1.000482
 ②弦:1.000838
 ③弦:1.001275

となります。これを325mmの弦長(12フレットを押さえた事を想定)で補正するには,
 ①弦:+0.157mm
 ②弦:+0.272mm
 ③弦:+0.414mm

となり,妥当な値でなかろうかと思います。インハーモニシティによる補正量よりも一ケタほど大きな値になります。

各弦で既定の音程を出す初期ひずみが異なります。同じ楽器の中では太い弦ほど初期ひずみは小さいので,弦を押さえるなどで一定のひずみ増加による張力増加率が大きく,そのぶん音程の上昇も大きい事が分かります。このことは,全体に弦が細いエレキギターは初期ひずみが全体的に小さいため,チョーキングによる音程操作が大幅に可能であり,別の言い方をすれば弦長補正が大きく必要である事実とも符合します。

あと残る謎ですが,弦メーカーはなぜ張力一定にしないのでしょうか?むろん,一定にしても弦長補正が解消される訳ではないのですが,多少はマシになるはずです。張力の低い弦は間違いなく太い弦です。これをインハーモニシティが原因だろうと予想したのですが,これは音程に影響するほどには出ないというのが今回の結論でした。しかしながら,音程に寄与するのは基本波やせいぜい2次倍音です。おそらく,弦の太りは高次倍音には確実に効いてくるはずです。太い弦は音が鈍いのは経験する事です。メーカーさんが太めになる弦を細めに作るのは,おそらくは,音が鈍くなるのを避けているのだろうと思います。

なお前記事で,勇み足で書いていた内容を少し訂正しました。
(完)。
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たこやきおやじ

Enriqueさん

何か新たな知見があるのかと期待しておりましたが。(^^;
以前より直感的に、ピアノの弦とギターの弦を比べたらその長さや太さ等々が違い過ぎるので、ギター弦においてはインハーモニシティは無視できるのではと思っていました。はからずもこの「論文」(^^;で値を計算されたので納得できました。
後半の♦の説明は私も同感です。

by たこやきおやじ (2019-05-28 21:00) 

Enrique

たこやきおやじさん,
期待はずれの記事で申し訳ありません。
インハーモニシティによる音程への効き具合は,5年前の記事で納得していたはずですが忘れていました。「そうあって欲しい」という欲望が優先します。
むしろ弦を押さえた時の上昇分というのは殆ど無視できると思っていましたが,ゆるい弦だと少し効いてくるという全く面白くない当たり前な結論です。ただ,この辺は細かい話で,近似的には無視する様な話です。定量的な計算をしてみないと分からないということはあります。弦の太さによるインハーモニシティは計算上は音程には効かないものの,間違いなく音色には効いています。音色には20倍音とかも効いていますので,この結果から,即ピアノ弦と違うというのも早計だとは思います。
by Enrique (2019-05-28 21:48) 

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